ムンクの叫び本物はどこ?4枚の違いと驚愕の落札額・盗難劇を追う
美術史上、レオナルド・ダ・ヴィンチの『モナ・リザ』と並び、世界で最も人々の記憶に刻まれている名画といえば、ノルウェーの画家エドヴァルド・ムンクが描いた『叫び』です。両手で頬を押さえ、波打つ風景の中で大きく目と口を見開くその姿は、絵文字やパロディとして日常に浸透しています。しかし、「『ムンクの叫び』の本物は世界にたった1枚しかない」と思い込んでいないでしょうか。
実は、ムンク自身の手によって描かれたオリジナルの『叫び』は複数存在します。それぞれ使われている画材や色彩、所蔵場所が異なり、過去には美術館から白昼堂々強奪されるセンセーショナルな盗難事件や、国際的なオークションで天文学的な落札額を記録した歴史を持っています。2026年の最新展示事情や美術史研究の進展を踏まえ、知られざる『叫び』の全貌と本物の行方を徹底解剖します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:『ムンクの叫び』の本物(オリジナル完成作)は計4点存在し、オスロ国立美術館、ムンク美術館、個人コレクションに分かれて保管されている。
- 要点2:1994年と2004年に2度の白昼強奪事件が発生し、2012年のサザビーズでは個人蔵のパステル版が約1億1992万ドル(当時のレートで約96億円)で落札された。
- 要点3:描かれている中央の人物は「自ら叫んでいる」のではなく「自然をつらぬく叫びに耳を塞いでいる」状態であり、ムンク自身の日記がその真相を裏付けている。
【真相究明】『ムンクの叫び』本物は4点存在?所蔵場所と技法の決定版リスト
「本物のムンクの叫びはどこにあるのか」という疑問に対する正確な回答は、「ノルウェーのオスロに3点、個人コレクションに1点存在する」となります。表現主義の先駆者であるエドヴァルド・ムンクは、自身の代表的な連作『生命のフリーズ』の一環として、同じ構図の作品を異なる画材で何度も描き直しました。主要な完成作として認知されているのは以下の4点です。
| バージョン・制作年 | 技法・支持体(マテリアル) | 現在の所蔵場所 | 特徴・特記事項 |
|---|---|---|---|
| 1893年版(初稿) | テンペラ・油彩 / 厚紙 | オスロ国立美術館 | 世界で最も有名な「教科書に載る叫び」。左上にムンク直筆の落書きあり。1994年に盗難被害。 |
| 1893年版(スケッチ) | パステル / ボール紙 | ムンク美術館(オスロ) | 構想段階の素描的色合いが強い習作。色彩はやや淡く、生々しいストロークが残る。 |
| 1895年版(パステル) | パステル / ボード | 個人蔵(レオン・ブラック氏) | 4点中最も鮮やかで保存状態が良い。2012年にサザビーズで約1億1992万ドルで落札。 |
| 1910年版(テンペラ) | テンペラ・油彩 / 板 | ムンク美術館(オスロ) | 色彩のコントラストが強く、不気味な青と緑が際立つ。2004年に白昼強奪され、2018年来日。 |
この4点に加え、ムンクは1895年に白黒のリトグラフ(版画)を約30〜40枚ほど刷り出しました。版画作品は世界各地の主要美術館(ニューヨーク近代美術館や大英博物館など)や日本の美術館にも収蔵されており、広義の意味で「ムンク自身が手がけた本物」として鑑賞可能です。しかし、色彩を伴うタブロー(独立した絵画作品)としての本物は、上記4点に限定されます。

盗難事件の衝撃的な経緯|オスロを揺るがした2つの白昼強奪劇
『ムンクの叫び』の歴史を語る上で避けて通れないのが、世間を震撼させた2度の重大盗難事件です。いずれも映画顔負けの大胆な手口で実行され、文化遺産の警備体制に国際的な警鐘を鳴らしました。
1度目の事件は1994年2月12日、ノルウェー全土がリレハンメル冬季オリンピックの開会式に熱狂していたその日に起きました。オスロ国立美術館に梯子をかけて窓ガラスを割った2人組の男が侵入し、展示されていた1893年版テンペラ画のワイヤーを切断してわずか50秒で持ち去りました。現場には「お粗末な警備をありがとう」と書かれた挑発的なメモが残されていたといいます。その後、犯人グループから約100万ドルの身代金要求がありましたが、イギリス・スコットランドヤードの潜入捜査官による巧妙なおとり捜査が功を奏し、事件から約3ヶ月後に作品は無傷で発見・回収されました。
さらに悲劇的だったのが、2004年8月22日にムンク美術館で発生した2度目の事件です。開館中の白昼、覆面をした武装強盗グループが押し入り、警備員と来館者を銃で脅迫。壁に固定されていた1910年版の『叫び』と、同じく代表作である『マドンナ』を力づくで引き剥がして強奪し、車で逃走しました。2006年8月にノルウェー警察によって無事奪還されたものの、犯行グループによるずさんな保管環境が原因で、画面の端に修復困難な湿気によるシミや擦り傷が残ることになりました。現在展示されている1910年版の左下に見えるわずかな変色は、この過酷な略奪の爪痕です。
1億1992万ドルの衝撃|オークション落札額と「本物の値段」の裏側
4点存在する『叫び』のうち、唯一個人の手に渡っているのが1895年制作のパステル画バージョンです。ノルウェーの海運王トマス・オルセンの遺族が長年大切に保管していましたが、2012年5月2日、ニューヨークのサザビーズ・オークションに出品され、世界中のアートコレクターの耳目を集めました。
競売開始わずか12分間の激しい競り合いの末、手数料込み1億1992万5000ドル(当時の為替レートで約96億円)という、当時の美術品オークション史上最高額を更新して落札されました。落札したのは、米大手投資ファンド「アポロ・グローバル・マネジメント」の共同創業者であり、著名なアート収集家として知られるレオン・ブラック氏です。
「もし美術館が所蔵する1893年のテンペラ画が市場に出た場合、一体いくらの値段がつくのか」という議論はアートディーラーの間でも度々持ち上がります。専門家の試算によれば、西洋美術史における象徴的な価値と知名度を鑑みれば、その評価額は5000億円から1兆円超に達すると見積もられており、事実上の「プライスレス(国家至宝)」として市場流出はあり得ない状況となっています。

【誤解を覆す新事実】人物は叫んでいなかった?日記が明かす真の意味と心理分析
『ムンクの叫び』について、多くの人が抱いている最大の誤解があります。それは「中央にいるドクロのような人物が、自ら大声で叫んでいる」という解釈です。美術史学およびムンク自身が残した手記を検証すると、全く異なる実態が浮かび上がってきます。
ムンクは1892年1月22日、ニースで記した日記に、この構図を着想した瞬間の体験を次のように克明に書き残しています。
「私は二人の友人と歩道を歩いていた。太陽が沈み、突如として空が血のように赤く染まった。私は言いようのない疲労を覚え、立ち止まり、手すりに寄りかかった。青黒いフィヨルドと都市の上に、炎の舌と血が広がっていた。友人たちは歩き続けたが、私は不安に震えながら立ち尽くしていた。そのとき、自然をつらぬく果てしない叫びを聴いたのだ」
この記述が証明している通り、叫んでいるのは人物自身ではなく「周囲の自然(宇宙全体)」です。中央の人物は、突如として耳元に襲いかかってきた幻聴のような自然の絶叫に耐えかねて、恐怖におののきながら両手で耳を塞いでいる姿を描いたものなのです。ドイツ語の原題『Der Schrei der Natur(自然の叫び)』を見ても、その主客関係は明白です。
さらに2021年、オスロ国立美術館が赤外線スキャン調査を行い、1893年版の左上端に鉛筆で極小の文字で書かれた「Kan kun være malet af en gal Mand!(狂人にしか描けない)」という謎の落書きが、後世の第三者による悪戯ではなくムンク本人の直筆であったことが科学的に特定されました。母や姉を結核で失い、自らも精神的トラウマと孤独に苛まれ続けたムンクが、当時の批評家たちから「精神異常者の絵」と酷評されたことに対する苦悩と自虐が込められた痕跡として、大きな話題を呼びました。
日本来日の歴史と2026年現在の状況|本物を鑑賞するための完全ガイド
「日本で『叫び』の本物を見るチャンスはあるのか」という点について、過去の歴史と現在の状況を整理します。
日本国内において、色彩を持つ『叫び』の油彩・テンペラ画が公開されたのは、2018年10月から2019年1月にかけて東京都美術館で開催された「ムンク展―共鳴する魂の叫び」が史上初でした。この時来日したのはオスロのムンク美術館が所蔵する1910年版(テンペラ画)で、会期中に約67万人という驚異的な来場者数を記録。大人気ゲームとのコラボグッズ(叫びポーズのピカチュウ)などで社会現象となりました。
しかし、脆弱な紙や厚紙に描かれた作品は温度・湿度や光に極めて弱く、国際的な作品貸出規制が年々厳格化しています。そのため、今後近い将来に日本へ再度『叫び』の完成作が巡回してくる可能性は極めて低いのが実情です。
2026年現在、本物を鑑賞するためにはノルウェー・オスロ現地を訪れるのが唯一確実なルートとなります。2021年に湾岸部ビョルヴィカ地区へ新築移転した「新ムンク美術館(MUNCH)」では、作品保全のために画期的な「3作品ローテーション開帳システム」を導入しています。1910年版テンペラ画、1893年版パステル画、そしてリトグラフ版の3点が同じ展示室内の遮光キャビネットに収められ、光による劣化を防ぐため1時間ごとに1点ずつ順番に扉が開く仕組みとなっています。
【プロの結論】オスロ現地鑑賞に向いている人・注意が必要な人の判断基準
美術鑑賞を目的とした北欧渡航を検討するにあたり、以下のポイントを把握しておくことが推奨されます。
- 迷わずオスロ現地へ行くべき人:
- 「教科書に載る最も有名なオリジナル」を見たい人(オスロ国立美術館へ行けば1893年版が常設展示室で鑑賞可能)。
- ムンクの生涯、版画から晩年の大作まで数百点に及ぶコレクションを深く体感したい人(新ムンク美術館が最適)。
- 渡航計画時に注意・下調べが必要な人:
- 「特定の1枚(例えば1910年版のテンペラ画)だけを狙い撃ちで見たい」人(ムンク美術館のローテーション制により、展示時間帯が限られるほか、修復や貸出スケジュールにより一時的に別バージョンへ切り替わるケースがあるため、公式展示スケジュールの事前確認が必須)。

【ムンクの叫び 本物】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:日本国内の美術館に『ムンクの叫び』の本物は常設展示されていますか?
A1:色彩のあるタブロー画(テンペラ・油彩・パステル画)の本物は日本国内に常設されていません。ただし、ムンク自身が制作した『叫び』のオリジナル版画(リトグラフ)であれば、徳島県立近代美術館や倉敷市の大原美術館などに収蔵されており、特別展などのタイミングで鑑賞できる機会があります。
Q2:『ムンクの叫び』の4点の中で、一般的に最も有名で評価が高いのはどれですか?
A2:1893年に描かれ、現在オスロ国立美術館に所蔵されているテンペラ・油彩画バージョンです。美術の教科書や図鑑、メディアで紹介される『叫び』の写真のほぼ全てがこの作品であり、連作の原点として最高傑作と評されています。
Q3:盗難に遭った作品は、現在でも傷跡が目立つ状態なのですか?
A3:2004年に強奪された1910年版(ムンク美術館所蔵)は、犯人の不適切な扱いにより左下部分に液体の付着による脱色と擦り傷が生じました。高度な修復作業が行われましたが、ムンク特有の絵の具の風合いを損なわないため完全な描き直しは行われず、現在も歴史の証拠としてわずかな痕跡が確認できます。1994年に盗まれた1893年版はほぼ無傷で回収されました。
Q4:『叫び』の背景になっている赤い空やフィヨルドの場所は実在しますか?
A4:実在します。ノルウェー・オスロのエーケベルグの丘(Ekeberg)から見下ろすオスロフィヨルドの風景が舞台です。当時、近くには精神病院(ムンクの妹ラウラが入院していた)や屠殺場があり、ムンクが精神的な圧迫感を抱きやすいロケーションであったことも研究によって明らかになっています。
まとめ:色褪せない名画が突きつける人間の孤独と普遍的価値
エドヴァルド・ムンクが描いた『叫び』の本物は、単一の絵画ではなく、画家の探求心と苦悩の軌跡が刻まれた複数のオリジナル作品によって構成されています。19世紀末の不安、2度にわたる盗難劇、そしてオークションでの天文学的な価格高騰など、作品を取り巻く数多のドラマは、世紀を超えてその魔力的な価値を高め続けてきました。
「人物が叫んでいるのではなく、世界の叫びに耳を塞いでいる」という構図の本質は、情報過多でストレスに晒される現代社会を生きる私たちにとっても、驚くほど生々しい共感を呼び起こします。オスロの美術館で厳重に守られる本物の前に立ったとき、キャンバス越しに響くムンクの魂の叫びは、時代を超えて観る者の心を揺さぶり続けています。 (出典: ムンクの叫び 本物(Yahoo!ニュース))